2013年6月11日火曜日

淡々としたリアル-「チェチェン・ウォー」その3


映画「チェチェン・ウォー」を観て思った幾つかの疑問について、少し考えてみた。


・イワンは、なぜジョンの頼みを引き受けたのか?
映画の最初の方で、チェチェン武装勢力の残酷さが描かれている。捕虜にしたロシア兵の首を簡単に斬り落としたり、人質を家畜のように扱う様など正視出来ないほどだ。イワンにしてもジョンにしても、身代金目当てとはいえ解放されたのは幸運以外の何ものでも無い。

そんな武装勢力の元に、一緒に行ってくれと頼まれて引き受ける人がいるだろうか? また捕まれば、豚のように首を切り落とされるか、良くて死ぬまで家畜にされる。ましてイワンは、武装勢力のボスに命じられた捕虜交換の説得に失敗している。

たしかに、イワンは除隊して職も無く希望も無い田舎暮らしに鬱屈としていたし、ジョンは少なくない額の礼金を約束した。しかし、それでも余りにリスクの大き過ぎる話だ。実際、イワンは躊躇うこと無く断っている。それでも結局引き受けたのはなぜだろう?


「ヘルプ ミイ…」こう言った時のジョンの表情で、イワンは見捨てる事が出来なかったのではないかと思う。一言でいえば、義侠心ではないだろうか。結局イワンは貰った金を、利用したチェチェン人と負傷した大尉の家族に与えている。不器用で乱暴だが義侠心を持ち、それゆえに貧乏くじを引く…それをイワンが体現するロシア的なものとして監督は描いているのかもしれない。



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・イワンが罪に問われた時、なぜジョンは弁護しなかったのか?
ジョンにとってイワンは恩人だ。普通ならイワンが罪に問われた時、できる限りの弁護をするだろう。しかし、ジョンはしなかった。なぜだろう? イワンに対して何か怒っていたのか? 

いや、約束の金を渡すシーンを見る限り、そんなことは無い。むしろ、何か言いたげにジョンの目はイワンに向けられるが、それを無視してさっさとチェチェン人の傍に向かったのはイワンだ。そこには、拒絶のようなものさえ感じられた。

怖ろしい危険を顧みずに、ジョンを手助けしたのがイワンの義侠心だとすれば、それはジョンの幾つかの言動で裏切られたように思う。通りすがりの三人を殺して車を奪った時、武装勢力のボスを殺した時、マーガレットへの態度…。

どこかでイワンは、ジョンが別の世界の人間だと見切ったのだろう。そしてそのことは言葉にしなくてもジョンに伝わり、彼もそれを理解したのだろう。仲間としての繋がりが無くなれば、後は金を払ったという事実だけが残る。約束通り金を払ったのだから、それで終わり。それ以上の事をする理由が無い。

そうやってジョンは、イワンの仲間になれなかった寂しさと、見切られた苦さや罪悪感を忘れようとしたのかもしれない。



・なぜマーガレットは、大尉に惚れたのか?
単純な役柄であるはずのマーガレットが、この映画の中で不思議な存在となった理由はただ一つ。穴倉での初対面の時から、彼女が大尉に惚れたからだ。惚れたというより、唯一の支えにしていたというべきかもしれない。

このロシア軍の将校は負傷していて、半身がほとんど動かない。大尉はロシア語しか喋れないし、マーガレットはロシア語など分からない。おまけに彼女は、恋人のジョンと一緒に穴倉に放り込まれたのだ。大尉の存在に気付く直前まで、マーガレットは震えて泣きながらジョンに縋り付いていた。その彼女が、なぜ一瞬で大尉に心を奪われ、しかも打って変わって落ち着いた表情になったのであろう?


おそらく、この最悪の状況の中で唯一、大尉だけが安定した秩序を維持していたからではないか。本来なら頼りとするべきジョンは、初めて体験する恐怖にオロオロするばかりだ。こんな状況に平気なイワンも、生き延びる為に上手く立ち回っているだけだ。

この家畜小屋より酷い穴倉の中に、権威と秩序をもたらしたシーンがある。後から放り込まれたイワンが、大尉と出会う場面だ。イワンたちは、既に軍の階級も秩序も気にしていなかった。しかし大尉は、厳しい声で名前と階級を問い、状況報告を求める。その凛とした態度に、イワンともう一人の兵士が、反射的に軍人としての返答をする。

そこには、権威と安定した秩序がはっきりと存在していた。さっきまでの、泣きわめいたり動物のように立ち回っていた混乱とは、まったく違うものだ。その安定した秩序こそがマーガレットを惹きつけ、支えと縋ったものだろう。女権論者は怒るかもしれないが、これが女性の強さなのだと思う。安定した秩序さえ見つけられれば、周囲がどんな世界だろうと居場所を作り出せる。


助けられた後も、ずっと大尉に寄り添っていた。この異常な状況の中で、彼女の居場所は大尉の側だけだったのだろう。秩序を与えてくれなかったジョンなど、もう存在すら意識して無いみたいだ。

しかし大尉は病院へ搬送され、その後は家族の元に帰るだろう。残されたマーガレットは、過呼吸のような荒い呼吸を繰り返す。大尉の側に居る事で得られていた安定が、崩れ始めようとしているかのようだった。

おしまい。



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