2013年6月12日水曜日

黒い肉体「ザ・インベーダー」


日本語タイトルはSF映画のようだが、まったく違う。
鮮やかで印象的な作品だ。


【データ】
原題:THE INVADER
公開:2011年
制作:ベルギー
監督:ニコラス・プロヴォスト
主演:イサカ・サワドゴ
時間:95分


【原題】
THE INVADER
「侵入者」
定冠詞が付いているので、もっと広い意味があるのかもしれない。




【あらすじ】
アフリカから地中海を越えて密入国して来た主人公・アマドゥは、豊かな生活を夢見てブリュッセルへ向かう。彼が考えていた、先進国での豊かで安全な生活。そうなる為のステップは、ことごとく上手くいかなない。唯一と思ったチャンスまで逃げてしまった時、彼は行動に出た。


【冒頭シーン】
南欧のヌーディストビーチ。全裸の白人男女が、海と太陽を楽しんでいる。すると水際に何かが見えるらしく、何人かが指を指したり声を挙げたりし始めた。あちこちに人が打ち上げられ、ビーチにいた人たちが慌てて駆け寄る。アフリカからの密航者を乗せた船が、事故にあったようだ。半死半生の彼らは、みな黒人だ。

その騒ぎにつられて一人の若い女性が立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。しかし救助には目もやらず、ただ真っ直ぐに歩く。短く綺麗に整えられた金髪と、輝くような白い肌。すべてを晒した美しい肢体は、まるで彫刻のようだ。

彼女の視線は、波打ち際でもがく黒い人影に向けられていた。逆光でよく見えないが、大きな黒人が仲間を助けながらビーチに辿り着いたようだ。彼は肩で荒い息をしながら、近付いて来る女の方を見た。ボロボロのズボンに、剥き出しの上半身。

白い女神のような美しい女性と、黒い野生の逞しいさを持つ男が、互いを見つめ合っている。彼女の美しさと無防備さは、豊かで安全な世界の賜物。彼の荒々しさと逞しい体は、命懸けで逃げ出すしかなかった世界の賜物。見事なコントラスト。

女は視線を外せない。
男は視線を外さない。

この時、侵入されたのだろう。





【感想】
物語は映画であれ小説でれ、冒頭シーンが命だと思う。冒頭から数分で引き込まれ無いような作品は、最後まで見てもやはり詰まらない。その意味では、この映画は完璧だ。いや、むしろ冒頭シーンだけで充分、本編など付け足しに過ぎないとさえ思える。

余りに素晴らしいので、そのシーンだけ何度も見返してしまった。そして本編を後回しにして、物語の展開とラストシーンを勝手に想像した。それが充分に可能なほど、濃縮と象徴化された冒頭シーンだった。

案の定、ほとんど想像したものと変わらないラストシーンだった。そこに至る途中の物語など、殆どどうでもよかった。ある人は物語の展開に整合性が無いとか、リアリティが無いとか評していたが、そんなのはこの作品の主題では無い。

強烈な冒頭シーンと、そこから必然的に導かれるラストシーンで、この作品は完成している。むしろ本編部分は、あっさりとした薄味で丁度良いのかもしれない。物語部分までかっちりと濃厚に作ると、せっかくのシーンを邪魔してしまう。

この作品は、論理で見るのではなく映像から感じるものが、監督の届けようとした主題だと思う。その意味でも、日本語版で数カ所に入っていたボカシは残念だった。冒頭の女性も、ラストシーンの主人公も、全裸である必要性が明確にあった。

冒頭シーンの女性は、美しい肉体をすべて無防備に晒す事で豊かな世界を体現している。ラストシーンでの主人公は、理性を凌駕する野生の肉体を見せる事で映画に結末を付ける。そこにボカシなど入れては、本当に台無しだった。




1 件のコメント:

  1. 今この映画を観たのですが、非常に的確な感想だと思いました。

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